なにかと話題の「糟糠の妻」(そうこうのつま)。これは
「貧しいときから一緒に苦労を重ねてきた妻」という意味です。

これまでも数々の名だたる芸能人やミュージシャン達が、
貧しい時代を支えてくれた、いわゆる「糟糠の妻」を捨てて
不倫相手と結婚しています。

これは日本に限ったことではなく世界的にも見られる現象です。

いったいなぜ男性は、今まで尽くしてくれた女性を捨てて
新しい女性に心を奪われてしまうのでしょうか。

 

トロフィーワイフとは?

「トロフィーワイフ」とは社会的に成功した男性が、
若くて美しい妻を持つことを指します。

妻を成功者の栄光のトロフィーのように例えている
というわけです。

 

なぜトロフィーワイフが欲しいのか

それは、男性のエゴによるものです。

「自分は成功者であると周りに見せつけたい。
 うらやましがられたい。」

ただそれだけなのです。

しかし、現在この「トロフィーワイフ」は神話だと
言われています。

それなのにどうして「糟糠の妻」を捨てて
新しい女性を選ぶ成功者がいるのでしょうか。

 

過去の自分を引きずりたくない

「糟糠の妻」には、貧しく惨めな自分をすべて見られています。

本来ならば男性が支えるべきという社会通念上の考えや、
周囲の目を浴びながらも妻の収入に頼って
生活をして来たわけです。

その時代を終え、やっと成功を手にして理想通りの自分に
生まれ変わったとき、「糟糠の妻」の存在は
「過去の自分」の存在をチラつかせてしまうのです。

惨めな時代を忘れて華やかな生活を送れるはずなのに、
いつも側に過去の惨めな自分がいます。

また、支えてもらった事実がある以上、いつまでも妻に
頭が上がらないのです。

最初は男性も「今までの恩返しができる」と思っていたはずなのに、
いつのまにか大きな足かせのように感じてしまうのでしょう。

さらに「私がいたから、今のあなたがある」という重圧が、
口にせずとも伝わってくる、もしくはそのように思っているに
違いないと男性が感じてしまうのかもしれません。

 

そんな時に「今の自分」しか知らない女性に出会う

「今の華やかな自分」こそ本来の自分だと思ってしまっている
男性は、そんな「今の自分」しか知らない「自分と同じくらい
華やかな女性」に出会うと、

“その女性といる時の方が本来の自分でいられる”

“今の自分に相応しい行いや言動ができる”

と思ってしまいます。

もちろん、相手が美しい女性の場合は「トロフィーワイフ」の
ように男性のエゴも満たしてくれるのでしょう。

そうすると金銭に物をいわせて「支えてもらった分以上の
金額を払う」ことで支えてもらった恩を清算し、
妻と別れたくなってしまうのです。

しかし、妻からすれば「自分の1番いい時代」そのものを
夫に捧げ続けてきたわけですから、いくら高額な金銭を
提示されたとしても簡単には納得できないでしょう。

私の母がよく、
「男性はお金が無さ過ぎてもダメ、あり過ぎてもダメ」
と言っていましたが、こういうことなのでしょうか。

もちろんすべての成功者が、妻を捨てて新しい女性に
走るわけではありません。
生涯愛妻家という人もいるでしょう。

できればすべての男性にそうであって欲しいものです。